先日、父が亡くなりました。私を含めた3人の兄弟が父の法定相続人です。
しかし、父は、父の最期を看取った兄にすべての財産を相続させる旨の遺言を書いていました。
私としては、遺言の効力を争うつもりはなく、私の遺留分(法定相続分である3分の1の半分である6分の1)相当額を兄からもらえればそれで充分であると考えております。
ところで、先日、兄から、父には生前の負債があるから、その負債は差し引いたうえで、6分の1に相当するお金を私に支払う旨の提案がありました。
そこで、遺留分減殺請求をする場合、被相続人の負債を差し引かれるのは、法律的に妥当なのか、また、どのような負債であれば差し引かれても仕方ないと考えるべきなのでしょうか。
特定の相続人に全財産を相続させるという遺言があった場合、遺留分権利者は債務を負担するのか
ご質問のようなケースの場合、結論としては、以下のように考えられます。
最高裁判所の判例から、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、相続人間においては、相続債務についてもその相続人(遺言で指定された全財産を相続する人)がすべて承継するという理解でいいと思います。
但し、遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債権者の関与なくなされたものであるので、相続債権者に対してはその効力が及びません。
つまり、相続債権者は、相続人全員に対して、法定相続分に従った相続債務の履行を求めることができます。
したがって、ご質問の回答としては、相続債務についてもすべてを相続するお兄さんにおいて相続すると考えていただいていいかと思いますが、相続債権者に対してはその効力がありませんので、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の請求がなされる可能性があります。
なお、債権者の同意や相続人間での協議が整えば、債権者との間で債務を承継する人が免責的債務引受をする方法が考えられ、免責的債務引受がなされれば、その他の相続人は相続債務の支払いを免れることができるということになります
また、遺留分権利者が、相続債権者からの請求に応じて相続債務を支払ったとしても、遺留分侵害額の計算には加算できませんが、債務を承継した特定の相続人(遺言で指定された全財産を相続する人)に対して、支払った債務の額を請求することがでます。
遺留分侵害額の計算に当たっては、実際に債務を承継しない遺留分権利者は、法定相続分に応じた相続債務額を加算して請求することはできません。
まず、遺留分の計算をするにあたって、基礎となる財産額の算定は、プラスの財産のみならずマイナスの財産である債務も考慮することになります。
つまり、プラスの財産のみならず、マイナスの財産についても相続することとなり、被相続人の負債である限り相続の対象となるということです。
そして、相続債務が可分債務(借入金など通常の債務は可分債務です)の場合、原則として共同相続人が法定相続分に応じて債務を承継することになります。
ですので、遺留分権利者は当然に法定相続分に応じた債務を承継することになるのですが、遺留分の計算にあたっては、遺留分の不足額に承継した債務額を加算(プラス)することになります。
つまり、遺留分は相続人に認められた処分されない権利であるから、相続債務についても法定相続割合で相続するけれども、承継した債務額をプラスすることにより、遺留分額だけは承継させようということです。
この点、ご質問のケースでは、特定の相続人に全財産を相続させるとの遺言があり、相続債務についてもその相続人が承継する場合には、実際に債務を承継しない遺留分権利者ということになりますので、法定相続分に応じた相続債務額を加算して請求することはできません。
相続債務がある場合の遺留分侵害額の算定
次に、相続債務がある場合の遺留分侵害額の算定についてご説明したいと思います。
遺留分を計算するには、まず、プラスの財産を計算し、そこから債務を控除します。これが遺留分の基礎となる財産です。
次に、遺留分の割合については法定相続分の2分の1ですので、ご質問の場合は法定相続人が3人とのことですので、法定相続分3分の1×2分の1=6分の1ということになります。
そして、債務は法定相続分とおりに承継されますので、遺留分割合によって計算された遺留分の額から法定相続割合によって算出した同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定します。
例えば、ご質問のケースで、プラスの財産が3000万円、マイナスの財産(債務)が900万円あった場合、ご質問者の取得額について、具体的な計算方法は以下のとおりとなります。
【遺留分権利者が実際に相続債務を承継しない場合の計算式】
遺留分の基礎となる額(プラスの財産3000万円-債務額900万円)×遺留分割合(1/3×1/2)=取得額350万円(※債務は承継しないので、債務承継額の加算はしない)
【遺留分権利者が相続債務を相続割合に従って承継する場合の計算式】
遺留分の基礎となる額(プラスの財産3000万円-債務額900万円)×遺留分割合(1/3×1/2)+債務承継額(900万円×1/3)=取得額650万円
債務超過の場合の遺留分
遺留分の基礎となる財産額がゼロあるいは債務超過(負債がプラスの財産を上回る状態)の場合の遺留分算定方法については、いくつかの考え方があります。
まず、債務超過の場合は、プラスの財産よりも負債が多い状態ですので、遺留分算定の基礎となる財産が存在しないため、遺留分額は0円=遺留分減殺請求はできないという考え方があります。これは、被相続人の意思を尊重し(遺言相続主義)、被相続人の意思と受遺者を保護するという立場からの見解になります。
また、被相続人が生前、例えば300万円の贈与を行っていた場合は、被相続人は処分する遺産部分を有していなかったにもかかわらず300万円の贈与をしたのであるから、この300万円の贈与が遺留分減殺の対象となるとする考え方もあります。
これは、遺留分という権利が、不可侵的相続部分であるという立場からの見解で、相続人と相続債権者を保護するものです。
この他にも、実体のない債務を除外し、相続財産の評価方法を検討するなどの方法によって、一見債務超過となっている相続であっても遺留分減殺請求が認められるケースなどもあります。
この点、遺留分の基礎となる財産額がゼロあるいは債務超過(負債がプラスの財産を上回る状態)の場合の遺留分算定方法については、これを直接問題とした判例がありませんので、個別具体的な事情に応じて、検討する必要があると思います。
控除されるべき「債務」とは?
遺留分の基礎となる財産から控除される債務には、銀行や会社などから借り入れた借金や未払い利息、治療費や入院費などの医療費の未払い分、税金や罰金の未納分などがあります。
なお、被相続人の保証債務(連帯保証債務を含む)については、原則として控除の対象になりません。
これは、保証債務が、債務を履行した場合に求償権の行使によって補填されるという性質を有していることから、確実な債務とは言えないという考え方に基づくものです。
ただし、主債務者が弁済不能の状態にあって、保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主債務者に対して求償権を行使しても返済を受けられる見込みがないときは、その返済不能部分の金額については債務控除の対象となります。
また、相続税や訴訟費用といった相続財産に関する費用や遺言執行に関する費用などについては、控除すべき「債務」にはあたらないとされています。
ところで、葬儀費用を相続財産から支出することは珍しくないと思います。
葬儀費用については、そもそも誰が負担するのかについて、葬儀の主催者(喪主)が負担すべきとする考え方(裁判ではこの考え方を採っています)、相続財産から支出してよいという考え方、相続人が共同して負担すべきとする考え方などがあります。
この点、民法の考え方としては、葬儀費用を遺留分算定に当たって控除することはできないとしていますので、遺留分権利者としては、「葬儀費用が自分の遺留分金額に影響を与えることはないはずだ」という主張をすることができると言えます。
まとめ
以上のとおり、相続債務がある場合の遺留分侵害とそれに伴う法律問題については、事案によってどのような方法を選択することができるか、また複雑な計算方法や相続人間、場合によっては相続債権者との交渉なども必要になることがあり、当事者同士で解決することは容易ではありません。
当事務所では、個別具体的な事情によって適切なアドバイスをさせていただきたいと思いますので、同じような状況でお悩みの方は、まずは一度ご相談ください。