取締役の任期途中での解任と残存期間の役員報酬請求
解任の要件と損害賠償義務の発生要件
「正当な理由」なしに、取締役を任期満了前に解任した場合には、会社は、取締役に対し解任によって生じた損害を賠償しなければなりません(会社法339条1項)。
これは、法律によって定められた特別の責任である(法定責任説)と説明されているものです。
まず、前提として、取締役は、いつでも、理由の如何を問わず、株主総会の決議により解任することができます(会社法339条1項)。このように、解任自体は、「正当な理由」なしでもできるのですが、「正当な理由」がない場合には、会社は、解任した取締役に対して、損害賠償義務を負うことになるのです。
解任の正当理由
いかなる場合に解任の正当理由があるといえるか?
解任の正当理由といえるものとして、以下の事由が挙げられます。
- ・取締役の職務執行上の法令定款違反
- ・心身の故障
- ・職務への著しい不適任
- ・経営判断の失敗
※このうち、経営判断の失敗を正当な事由を基礎づける事情として位置付けるべきかについては争いがあるところです。
賠償責任が生じる損害の範囲
- ①取締役を解任されなければ支給されたであろう役員報酬 ○
(大阪高判昭和56年1月30日) - ②取締役を解任されなければ支給されたであろう役員賞与 △
⇒支給されたであろう蓋然性が高ければ損害として認められることもある
(前掲大阪高判昭和56年1月30日、名古屋地判昭和63年9月30日) - ③役員退職慰労金 △
⇒支払われたであろう蓋然性が高ければ損害として認められることもある
(肯定例:東京地判昭和57年12月23日。否定例:前掲大阪高判昭和56年1月30日) - ④慰謝料 ×
(前掲東京地判昭和57年12月23日) - ⑤弁護士費用 ×
(大阪高判昭和56年1月30日)
小括
会社の経営者の方で、取締役は労働者とは異なるので、責任を取るのは当然であると考えていらっしゃる方は多いと思います。そして、取締役は、基本的には労働者でないことと、経営責任があることは正しい認識です。
しかし、取締役には、あまり意識されていない中小企業の経営者の方もいらっしゃるかと思いますが、任期があります。
そこで、法律上、会社は、取締役との間で任期までの間、委任契約を締結しているのです。それを中途で解約するには、「正当な理由」が必要となるのです。
そして、会社設立当初、取締役の再任登記が煩雑だという理由から、取締役の任期を10年と定めており、その後何らの変更をしていない場合に、任期の残りの期間の役員報酬を請求されるという大きな紛争を招いてしまうおそれもありますし、取締役の解任をご検討の際には、是非、当法律事務所の弁護士に相談して、リスクマネジメントをするようにしてください。
退任取締役による退職慰労金請求への対応
退職慰労金請求が認められる要件
役員退職慰労金は、退任した取締役に対して支払われるものであるが、定款もしくは株主総会決議により額を定める必要があります。
すなわち、定款もしくは株主総会決議による額の決定がないと、退任取締役は退職慰労金の支給を受けることはできません。とすると、オーナー経営者が経営する中小企業においては、オーナー経営者の意向次第では、退任取締役は退職慰労金の支払いを受けられない事態が生じます。
最高裁判例においても、上告人が、退職慰労金は退職慰労金支給規定に基づいて自動的に額が決定されるものであり、右支給規定は役員と従業員とを区別せずに一律に適用され、しかも、被上告人会社が同族会社であるから、商法269条の報酬に該当しないものと解すべきであると主張したのに対し、「上告人が被上告人から退任取締役として支給を受ける退職慰労金は、仮に、被上告人が所論のような実体を有する同族会社であり、所論のような内容を有する本件退職慰労金支給規定によって支給される場合であっても、同条にいう報酬として定款又は株主総会の決議によってその金額を定めなければならないものと解するのが相当である。」(最判昭和39年12月11日)と判示されています。
退任取締役に対する救済の法律構成
もっとも、上記のように、オーナー経営者が経営する中小企業においては、オーナー経営者が反対すれば、退任取締役は退職慰労金の支払いを受けられないという結論には、批判的な見方が多く、以下に紹介するように、退職慰労金請求を認める裁判例も存在します。
(東京地判平成3年12月26日。大阪地判昭和46年3月29日。京都地判平成4年2月27日。東京高判平成15年2月24日。)
(千葉地判平成元年6月30日)
小括
まとめると、判例は、定款もしくは株主総会の決議による額の決定がない限り、具体的な退職慰労金請求権は発生しないという原則は堅持しています。
もっとも、具体的な事案において、様々な理論構成で、退任取締役を救済する裁判例も存在しています。
ゆえに、当該問題に対する裁判所の判断についての見通しは、個別具体的な事案の内容によるということになりますから、当該問題に直面する可能性がある方は、弁護士に相談されるのがベストだと思われます。