残業代請求

2020/01/06
残業代請求

未払い残業代請求

残業代請求への対応について

事業主(企業等)と労働者の間の紛争において、最も多い紛争類型といえるものが、使用者側(企業等)からみれば、労働者からの未払い残業代の請求を受けるというものです。
とくに、当事務所の弁護士が関与した事例を見ても、以下のような事例の紛争が多く見られます。
 
事業主から寄せられた相談

  • ・休憩時間であるにもかかわらず、電話や来客対応等の業務を行わなければならない状態になっており、その時間も労働時間であると認められる場合
  • ・定額の残業手当を支払っており、それによって残業代を正当に支払っていると理解していたが、定額の残業代が実際に支払うべき残業代より少なく、その差額を支払う必要がある場合
  • ・いわゆる管理監督者(労働基準法41条2号)であるという理解で、残業代を支払っていなかった労働者の管理監督者性を否定され、当該労働者から残業代の請求を受ける場合
  • ・あまり効率的に業務に従事できていない従業員だったので、会社が特に認めた場合以外には、残業を禁止する命令を出していたのに、勝手に残業をしていた従業員に対しては、残業代を支払う義務はないと考えていたところ、当該労働者の労働時間の管理や業務量の管理が不十分で、残業代の請求を受ける場合

 
弁護士からのアドバイス
このような事例において、会社側は労働者に対して、以下のような分類に基づいて、割増残業代ないし、割り増しのない残業代を支払わなければなりません。
 

法定内残業代とは?
「法律の上限を超えていないが、会社の所定労働時間を超えて働いた時間についての残業代(法定内残業代)」
法定内残業代とは、いわゆる所定労働時間(労働契約(就業規則等)で定めた労働時間)を超える労働時間で、法律で定めた労働時間(法定労働時間)の上限を超えない場合に発生する残業代のことです。

 
例えば、ある会社の始業時刻が9時00分、終業時刻が17時00分、休憩時間が1時間であったとします。この場合の1日の所定労働時間は7時間ですが、1日の法定労働時間(法律上の上限)は8時間ですので、18時まで8時間働いた場合、17時から18時までの1時間が法定内残業となります。
 

 
この1時間の法定内残業に対して、残業代として通常賃金の支払はしなければなりませんが、割増賃金を支払うかどうかは、就業規則等に定めることで、会社が決定することができます。割増賃金の支払いは会社の義務ではないのです。
 

労働時間とは?
残業代請求に関する事件では、何をもって「労働時間」とするかについて問題となることがあります。「労働時間」の定義について、判例(最高裁平成12年3月9日民集54巻3号801頁)は「労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」と判示しています。
労働時間といえるか否かについては、労働者の活動がその個人の私的な活動か、会社の業務への従事かという形で現れる問題でもあるから、会社の業務への従事が、常に使用者の指揮命令下においてなされるとは限らないことから(例えば、判例は、必ずしも使用者の指揮命令下にあるかは疑問のある「工場作業員の始業前や終業後の更衣時間や移動時間」について労働時間にあたるという結論を採用している。)労働者の活動の「業務性」すなわち会社の業務といえる内容の活動をしているか否かが、前記の「指揮監督下にあるか否か」を補充する重要な基準となっていると解されています。

 
法律の上限を超えて働いた労働時間についての残業代(法定外残業代)
法定労働時間を超える残業時間については、以下の表にまとめているように、割増賃金を支払う必要があります。

種類 割増率
①1日8時間以上又は1周40時間以上の残業 25%以上
②1か月60時間以上の残業 50%以上
③休日労働 25%以上
④深夜労働(22時から翌日5時まで) 25%以上
⑤深夜残業(①+④) 50%以上
⑥休日深夜労働(③+④) 60%以上

 

残業代請求における労働者側の典型的な立証方法

使用者が労働時間を管理することを
目的としているもの
タイムカード
IDカード
業務管理ソフトに基づく労働時間の記録
客観的な記録から労働時間が
推認できるもの
事業場で使用しているPCのログイン・ログオフの記録
業務上送受信した電子メールの時間記録
会社のPCから自宅への帰宅する際に送るメール
業務に使用している懈怠電話の通話記録やメールの記録
会社のオフィスが契約している警備会社の警備記録
ビルの出退館記録
業務上労働者が作成する書類で
使用者がその存在を
認識しているもの
飲食店の営業時間
催し物のスケジュール表
会議の議事録等
労働者や家族の作成した記録
(使用者がその存在を認識していないもの)
手帳の勤務時間のメモ
カレンダーのメモ

 

残業代請求における使用者側の典型的な主張・立証内容

残業を命じていないのであるから残業代は請求できない旨の主張
会社側としては、残業を命じていないにもかかわらず、勝手に働いただけであり、残業代は請求できないはずである旨の主張をすることがあります。
この主張が認められるか否かについては、業務量に照らし、業務上の必要性に基づき労働した時間か否かによるといえます。もっとも、明示の残業禁止命令に反して残業した場合には、残業代の請求は認められない。例えば、東京高裁平成17年3月30日判決(神代学園ミューズ音楽院事件)は、「賃金(割増賃金を含む。以下同じ。)は労働の対償であるから(法11条)、賃金が労働した時間によって算定される場合に、その算定の対象となる労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下にある時間又は使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間であると解すべきものである。したがって、使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない。前記認定のとおり、被告Mは、教務部の従業員に対し、平成13年12月10日以降、朝礼等の機会及び原告G、同F及びO主任を通じる等して、繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたものであるから、上記の日以降に原告らが時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、その時間外又は深夜にわたる残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない。」と判示している。
 
定額の残業代制度を導入しているので残業代を支払う義務はない旨の主張
会社側としては、定額の残業代を支払い、実際の時間外労働時間の有無や長さに関係なく、一定の割増賃金(職務手当、営業手当等の名称のことが多い)を支給しているので、それ以上には残業代の請求は認められない旨の主張をすることがあります。
しかし、現実に発生した時間外労働時間に基づいて算出される割増賃金額が固定で支給される残業代の額を超えた場合、労働者は固定残業代との差額を労働者は会社に請求することができるのです。また、固定額の残業代支給制度が有効であるための要件として、最高裁(最高裁平成6年6月13日判決。高知県観光事件)においては、①割増賃金部分が通常の労働に対する賃金部分と明確に区別されていること、②当該手当が時間外労働に対する対価としての実質を有すること、③手当の額が労基法所定の割増賃金額を上回っていること、が必要であるとされています。
 
管理職にはその地位に応じた高額の基本給・職務手当が支払われているのであるから、時間外や休日労働の対価もそこに含まれている旨の主張
会社側としては、管理職にはその地位に応じた高額の基本給・職務手当が支払われているのであるから、時間外や休日労働の対価もそこに含まれている旨の主張をすることがあります。
しかし、東京地裁平成14年3月28日判決(東建ジオテック事件)において、地質調査会社の係長、課長補佐、課長、次長、課長待遇調査役および次長待遇調査役は、労基法41条2号の管理監督者には当たらないとしたうえで、「係長以上の者に対し支払われる職務手当のうち、時間外労働に対して支払われる額及びこれに対応する時間外労働時間数は特定明示されておらず(係長以上の者の職務は前述したとおりであり、一般職や主任とは異なるこれら職責に対する手当の分も含まれているはずであるが、これとの区別がされていない。)、そうである以上、これを時間外割増賃金の一部と扱うことはできず、したがって、係長以上の者に対する職務手当は、全額これを基礎賃金とせざるを得ない。」と判示されているように、残業代部分とそれ以外の部分との明確な区別や明確な合意がこのような主張が認められるためには必要となります。

 

遅延損害金や付加金の請求について

遅延損害金とは?
使用者は、上記の労働者からの残業代請求が認められた場合、本来の賃金支払い日の翌日から、遅延損害金を支払う法的義務を負います。
付加金とは?
使用者が、解雇予告手当や休業手当、割増賃金の支払い義務に違反した場合または年次有給休暇中の賃金を支払わなかった場合に、裁判所が労働者の請求により、それらの規定により使用者が支払わなければならない金額に加えて、これと同一額の支払いを命じることができるものです。

 
<退職していない労働者の場合>
使用者が事業のために労働契約をしていれば、商事法定利率の年6%
 
<退職した労働者の場合>
退職日に支払期日が到来している分は、退職日の翌日から、到来していない分は、支払期日の翌日から年14.6%の利率 (賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同施行令1条、労基法23条) (東京地裁平成18年7月26日判決・判タ1235号189頁)
上記のように、割増賃金の未払いの請求に対しては、裁判所は付加金を認めることができます(労働基準法第114条)。すなわち、会社側としては、実際に未払いになっている賃金以上に、裁判所から付加金の支払いを命じられることがありうるのです。
ただし、付加金の支払いを命じることができる要件を満たしている事案であっても、付加金の支払いを命じるか否かは、裁判所の裁量です。すなわち、裁判所の判断で、付加金の支払いを命じたり、命じなかったりできるのです。また、裁判所はその裁量により付加金の額を減額することもできると解されています(大阪地裁平成13年10月19日労判820号15頁)。
なお、付加金請求がなされた事案において、口頭弁論終結時までに(判決前に、当事者が主張立証を終える時までに)使用者が未払い金の支払いを完了すれば、裁判所は付加金の支払いを命じることはできません(最高裁昭和35年3月11日民集14巻3号403頁)。
 
弁護士からのアドバイス
労働問題は労働紛争が起こる前に適切な予防策を!※1または[例2]従業員50名の会社で、定額の営業手当等の残業手当を支給しており、残業代を支払っているつもりであったが未払い残業代を2年間さかのぼり一括請求された。※2で記載させて頂いたように、ないものと考えていた残業代請求が認められた場合、会社側はかなり大きな金銭的な負担を強いられるリスクがあります(上記[例2]では、1500万円ものお金を一時に支払う必要があります)。
 
このように、想定していなかった残業代の支払いリスクが実際にはどの程度存在するのかを知ることは、その後の経営にとって有益ですし、たとえ当初は1人の従業員からの残業代請求であったとしても、同じ問題が多くの従業員に当てはまる場合には、会社経営の根幹を揺るがすような金額の残業代請求問題に発展する可能性がありますので、一度弁護士に相談されることをお勧めします。

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