営業秘密保護・知的財産 先使用権が認められる場合

2021/01/26
営業秘密保護・知的財産 先使用権が認められる場合

先使用権が認められる場合(商標権侵害の責任が否定される場合)

Aさんは、福岡市内で「〇△屋」という屋号で10年以上ラーメン店を営んでいます。
この「〇△屋」のラーメンは、有名でテレビや雑誌等のマスメディアにも多数登場し、「〇△屋」の大きな看板が人通りの多い通りに大きく掲げられているだけでなく、雑誌の特集ではおいしいラーメンとしてランキング上位に掲載され続けてきました。
ところがある日突然、X社という会社から「〇△屋」という商標を登録した商標権者であるとして、使用料を支払うように請求がありました。
X社から示された資料を見れば、確かにX社は1か月ほど前に商標登録を完了しているようです(指定商品または指定役務並びに商品及び役務の区分については、「第43類 飲食物の提供」)。
X社は、これから同社も「〇△屋」という商標を利用して、福岡市内でラーメン屋を開店する予定とのことです。
AさんはX社からの商標権の主張に対してどのように対処すればいいのでしょうか?
X社は1か月ほど前に商標登録を完了しているようですが、Aさんは10年以上「〇△屋」という屋号でラーメン屋をしています。
いわば、Aさんの方が先に「〇△屋」という屋号を使って商売をしているのだから、Aさんには「〇△屋」という屋号を使って商売を続ける権利はないのでしょうか?

先使用権が認められる要件

先使用者の企業努力によって蓄積された信用を既得権として保護するということ等から商標法32条1項は以下のような要件を備えるものについて先使用権を認めています。

他人の商標登録出願前からその商標を使用していたこと

先使用権は、先使用者の既得権益と商標権者の利益の調整をはかるための制度ですから、商標権者の出願前に使用を開始していることが要件として必要となります。

不正競争の目的ではない使用であること

ここでいう「不正競争の目的でなく」とは、他人の信用を利用して不正に利益を得ようとする目的がない場合を意味するとされています。

この要件は、先使用権の成立要件であり、存続要件でもあるため、商標使用後に不正競争の目的が生じた場合には、その時点で先使用権は消滅することになります。

出願前から通常の一般的な態様での使用を行っていれば、特段の 事情がない限り、不正競争の目的はないものと事実上推認されています。

先使用者の商標が他人の出願の際に周知(周知性)

    • ① 周知性の意義
      周知性とは、商標が自己の業務にかかる商品・役務(サービス)を表すものとして需要者の間に広く認識されていることをいいます。
      先使用権が認められるためには、他人の出願の際に、先使用者の商標が需要者の間に広く認識され周知されていることが必要とされています。
      周知性があることから、商標法は一定の信用が化体した商標として先使用権が認められることになります。
    • ② 周知性獲得の時点
      周知性獲得の時点は、いつでもよいというわけではありません。
      商標法32条1項において定められているとおり「登録出願の際、現に」周知であることを要します。
      これは、更新登録出願の時点は含まれません。 したがって、「登録出願」の後に周知となった場合はこの要件を満たしません。
      また、以前周知であったものの、登録出願時には既に周知性を失っていた場合にも、この要件を満たさないことになります。
    • ③ 周知性の範囲
      周知性獲得の時点は、いつでもよいというわけではありません。
      「広く認識されている」とは、日本全国にわたって広く知られていることまでは必要とせず、一地方において広く知られている場合でもよいと解されています。
      もっとも、その「地方」の範囲についての見解は争いがあります。
      周知性の範囲については、様々な見解がありますが、商品の種類、性質、業態、取引の実情等からケース・バイ・ケースで判断されているのではないかと考えられます。
  • ④ 周知性を裏づける事実・立証のために収集すべき証拠について
    知性の立証については、ある一つの証拠があれば立証できるというものではなく、あらゆる観点から徹底的に収集する必要があるとされ、それら集めた証拠を総合的にみて、周知性があるか否かが判断されることになります。
    周知性を裏づける事実の立証は相当に困難とされ、裁判例において、周知性の認定において表れた事実のうち主なものとして以下のものがあります。

    • ・実際に使用している商標と、使用にかかる商品・役務を裏づけるもの
    • ・使用開始時期と試用期間を裏づけるもの、商標の使用期間
    • ・使用地域を裏づけるもの
    • ・数量や営業の規模を裏づけるもの(売上高、販売数、店舗数、取引先の証明)
    • ・広告宣伝の態様、回数及び内容を裏づけるもの(広告費の金額、宣伝広告の実物、数量・回数、広告地域、ウェブサイトのアクセス数、アンケート)
    • ・当該商標や商品・役務の評判を裏づけるもの(新聞、雑誌、インターネットの記事等)

    周知性の範囲 肯定例

    裁判所は、ラムネ・サイダーに関する商標について、一県内の一地方及び隣接する隣県の一部で周知であればよいと判断しています。
    (福岡地裁柳川支部昭和36年9月15日判決)
    新聞雑誌を指定商品とする「競馬ファン」という商標権の行使に対し、「競馬ファン」なる題号の刊行物は大正15年から現在に至るまで戦時中の約6年間の休刊を除いては約40年の長きに亘り、発行が続けられて来た結果、本件登録商標の出願時には、「競馬ファン」なる題号の新聞は少くとも関西地区の中央競馬の関係筋やファンの間では周知であつた事実を認めるに十分である。」と述べ、周知性を肯定しています。
    (大阪地裁昭和50年6月7日決定)(判例タイムズ329号282頁)
    デザイナーブランドである被服の企画・販売に関する「ゼルダ、ZELDA」という商標に関し、裁判所は、デザイナーブランドと全国的規模で広告宣伝し大量販売するナショナルブランドとの差異を詳細に説示し、流通段階におけるバイヤーをその需要者として捉えるのが相当であると述べた上で、「需要者」としての婦人服のバイヤー、すなわち問屋や一般小売業者の間で広く認識されていた、と判断し周知性を肯定しています。
    また、同判決は「商標法(平成3年法律第65号による改正前)32条1項の周知性の要件は、同一文言により登録障害事由として規定されている同法(前記改正前)4条1項10号と同一に解釈する必要はなく、その要件は前記登録障害事由に比し緩やかに解し、取引の実情に応じ、具体的に判断するのが相当である。」としています。
    (東京高裁平成5年7月22日判決)(判例時報1491号131頁)
    本件は、関東地方で昭和44年ころの設立当初から「ケンちゃん餃子」の商品名で餃子の製造販売を行っていたXが、平成8年12月に「ケンちゃんギョーザ」なるY商標を出願し、平成10年12月に登録された登録商標(Y商標:ケンちゃんギョーザ)を得たYに対し、一定の地域において、先使用による商標使用権を有することの確認を求めた事案です。
    判決は、「ケンちゃん餃子」の商品名で餃子の製造販売を行ってXの餃子の製造販売に関する商標「ケンちゃん餃子」に関し、X標章を付した商品の売上が7億円前後であること、関東地方で、ラジオCMでX商品を宣伝していたことなどの事情を認定したうえ、Y商標の出願当時、X標章は、X商品の商品表示として、関東及び甲信越地方の1都11県を中心に、需用者の間に広く認識されるに至ったと判断し、上記地域において、Xが先使用による商標を使用する権利を有することを確認し、先使用による商標使用権を有することの確認をしています。
    (大阪地裁平成21年3月26日判決)(判例タイムズ1325号269頁)

    周知性の範囲 否定例

    「需要者の間に広く認識されているとき」との要件について、先使用権に係る商標が未登録の商標でありながら、登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域においてこれを使用することが許されるとい入商標権の効力に対する重大な制約をもたらすものであるから、当該商標が必ずしも日本国内全体に広く知られているまでの必要はないとしても、2、3の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りない。
    その上で、ラーメンを主とする飲食物の提供という役務に関する商標の周知性につき、地理的範囲が水戸市及びその隣接地域内にとどまり、せいぜい2、3の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りないと解すべきであると述べ、「周知」を否定しています。
    (大阪地裁平成9年12月9日判決)(判例タイムズ967号237頁)

    継続してその商品・サービスについてその商標の使用をしていること(商標の継続使用)

    継続使用の意味は、先使用権の要件として、先使用権が成立した時点(他人の登録出願前)から、現在まで(すなわち商標権に基づく差止請求を受けた時点)まで、継続して使用することを要します。

    なお、この「継続」とは、どんな短い中断も一切許されないという意味ではありません。

    継続の意思が客観的に認められる限りにおいて、例えば季節的中断等によって正当な理由がある場合(例:スキー場が夏季に休業する場合)には、一時的中止があっても差し支えないと考えられています。

    他方、営業が廃止された場合には、商標の継続使用の状況も終了します。それで、その時点で先使用権も消滅します。

    この場合、その後営業を再開しても、従前の先使用権が復活することはないとされています。

    「ある標章を使用していた者が、その使用を中止している場合でも、同人が使用を中止したのは、自らの発意によるのではなく、第三者からその使用が商標権の侵害になるとして使用を中止するよう警告を受けたため、使用を継続することによって取引先等に迷惑がかかることを懸念したことによるものであり、その紛争が解決したときには再び前記標章を使用する意思を有しているときは、このような相当な理由に基づき、かつ、その限度において使用を一時中止しているにすぎないから、商標法(平成3年法律第65号による改正前)32条1項にいう「継続してその商品についてその商標の使用をする場合」に該当するとしています。
    (東京高裁平成5年7月22日判決)(判例番号・L04820252、判例時報1491号131頁)(ゼルダ事件)

    先使用権が認められることの効果

    先使用権の内容

    上記のような商標の先使用権が認められますと、商標権の登録権者に対しても、その先使用権を主張できますので、商標権の登録権者の商標権侵害に基づく損害賠償請求あるいは差止請求は認められないことになります。

    先使用権の範囲

    先使用権者は、商標権者の商標権者の出願時に、自己が使用していた商品・役務について商標の使用を継続できるだけで、出願時に使用していなかった商品・役務には先使用権の効力は及ばないことになります。

    先使用権の地理的範囲は、周知性が認められる地域的範囲に限られ、使用地域を拡大することはできません。

    例えば、出願時に関西地域のみで周知性を獲得していた先使用権があった場合に、その後当該商標を関東地域で使用する行為には先使用権の効力は及ばず、商標権侵害が成立することになります。

    これに対して、周知性を獲得した地域内であれば、販売数量を増やしたり、新たな販路を開拓することは可能であり、このような行為は先使用権の範囲に含まれるものと解されています。

    先使用権の承継

    先使用権は、その性質上、業務を承継した者のみが承継することができます(商標法32条1項後段)。

    事業譲渡や合併などがなされると、先使用権も事業とともに承継されますが、業務と切り離した形で先使用権のみを移転することは認められません。

    なお、先使用権の製造販売した商品が転々流通する場合、その商品を取り扱う者は、製造業者の先使用権を援用し、商標権侵害を免れることができると解されています。

    この判決は、先使用者の輸入総代理店である会社に、先使用権の援用を認めています。
    すなわち、第21類「かばん類、袋物、その他本類に属する商品」を指定商品とする「BATTUE CLOTH」なる登録商標を有するX社が、「BATTUE」なる標章を付したバッグ類をA社から輸入して販売しているY社に対して提起した商標権侵害を理由とする損害賠償請求につき、A社は我が国においてバッグ類について前記標章を使用する先使用権を有しており、Y社はA社の輸入総代理店であるから、A社の先使用権の内容をなす同標章の使用の中には、Y社を通じて前記バッグ類を販売するについて同標章を使用することを含むものであり、Y社は、A社の先使用権の範囲に属する行為として、A社から前記バッグ類を輸入、販売するについて同標章を使用しているものであるとして、Y社の先使用権の援用を認め、X社の請求を棄却しています。
    (東京高裁平成5年3月31日判決(判例時報1476号145頁)

    先使用権に関する具体例に基づく説明

    以上のAさんの「〇△屋」という屋号が、上記先使用権の要件を充たしているのかを説明致します。

    Aさんの「〇△屋」という屋号は商標に当ります。

    Aさんは,X社が登録する前10年以上前から継続して「〇△屋」という屋号でラーメン屋をしています。

    そしてAさんは、出願前から通常の一般的な態様で「〇△屋」を使用しているだけですから、「他人の商標登録出願前からその商標を使用していたこと」、「不正競争の目的ではない使用であること」、「継続してその商品・サービスについてその商標の使用をしていること(商標の継続使用)」の要件は充たしています。

    そこで、「先使用者の商標が他人の出願の際に周知(周知性)」されていることの要件を充たしているか。すなわち、X社は「〇△屋」という商標を届ける際に、商標「〇△屋」という屋号があらわすラーメン屋(商品役務)について広く需要者の間に認識されていたと言えるかを検討します。

    ここでいう需要者とは、飲食のために来る一般のお客、販売業者等を意味します。

    本事例では、この「〇△屋」のラーメンは、先ほど述べたとおり、福岡市内で「〇△屋」という屋号で10年以上ラーメン店を営んでいます。

    その上、テレビや雑誌等のマスメディアにも多数登場し有名で、「〇△屋」の大きな看板が人通りの多い通りに大きく掲げられているだけでなく、雑誌の特集ではおいしいラーメンとしてランキング上位に掲載され続けてきたとされています。

    テレビや雑誌が全国版か、地方版か、マスメディアに登場し時期等はっきりしませんが、テレビや雑誌等のマスメディアにも多数登場する位有名なラーメンです。

    したがって、福岡市内でだけでなく、少なくとも「〇△屋」のラーメン店は福岡県内だけでなく、その隣県においても上記需要者の間に広く認識されていたものと考えられます。

    したがって、Aさんの「〇△屋」という屋号については上記先使用権の要件を全て充たしていることになります。

    よって、X社が「〇△屋」という商標を登録した後も、先使用者Aさんは「〇△屋」という屋号を使ってラーメン店を営むことが続けることができます。

    X社が仮に登録権者の商標権侵害に基づく損害賠償請求あるいは差止請求を求めても、Aさんが先使用権によってそれらの請求は認められないことになります。

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