なんらかの事情で勤務先から借り入れを行っている方が個人再生の手続きを検討される場合、勤務先からの借り入れについてはなんとか返済していきたいという希望をお持ちの方もいらっしゃると思います。
仕事は続けたいし、勤務先との関係も悪くなりたくないというお気持ちで悩まれる場合もあるかと思いますが、今回は個人再生の手続きをとる場合に、勤務先からの借り入れについて返済を続けることができるかどうかについてお話していきたいと思います。
勤務先からの借り入れについても、再生計画によらずに弁済することはできない
結論から申し上げますと、勤務先からの借り入れについても、再生計画によらずこれを弁済することはできません。
これは、勤務先からの借り入れに係る債権も、再生手続き開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権として再生債権となりますので、債権者一覧表に記載する必要があり、再生手続開始後は、再生計画によらずにこれを弁済することができないということによるものです。
なお、再生債務者の弁済が禁止されるだけでなく、再生債権者である勤務先が再生債務者の給料を天引きして債権を回収することも禁止されます。このことは、給料の天引きが再生手続開始前の再生債務者と勤務先の間の自由意思による合意に基づくものであっても変わりはありません。
再生手続き開始前の弁済について
個人再生の申立てを行った後、裁判所から「再生手続き開始決定」というものがなされます。
この再生手続き開始前に、勤務先からの借入れを弁済すること自体を禁止する規定はありません。
しかし、支払不能となった後などに勤務先からの借入れに対してのみ弁済することは、偏ぱ弁済に当たります。この「偏ぱ弁済」とは、一部の債権者にのみ借金の支払いをすることです。
再生手続きにおいては、すべての債権者に対し平等な手続きで行わなければならないという考え方があるため、一部の債権者だけを優遇して支払うことが許されないのです。
このため、勤務先に対してのみ弁済を行うといった偏ぱ弁済を行ってしまうと、不当な目的で個人再生の申立てを行ったものとして申立てが棄却されたり、再生計画による弁済額を算定するにあたって、偏ぱ弁済の額を上乗せする必要が出てきて、再生計画の履行可能性に問題が生じてしまう場合があります。
なお、個人再生の申立てを行っても、勤務先が再生債務者である従業員の給料から天引きすることが直ちに禁じられるものではないため、給料の天引きが継続される場合があります。
この場合も、再生債務者が自ら弁済したものとみなされ、前述のような問題が生じることとなりますので、天引きを止めてもらうように勤務先と交渉する必要があります。
この点、労働者である再生債務者の同意なく給料を天引きしている場合は、賃金全額払いの原則にも違反しますし、これに応じない勤務先に対しては、弁済禁止の保全処分の活用も考えられます。
再生手続き開始後の弁済について
再生手続き開始後は、前述のとおり、勤務先からの借入れに係る債権も再生債権となるため、再生計画によらずこれを弁済することはできません。
もし、これを弁済した場合には、その弁済は無効となり、その額を上乗せして支払わなければならないということになりますし、勤務先に弁済した額の返還を求める必要が生じます。
また、弁済の程度によっては、再生手続きが法律の規定に違反し、かつ、その不備を補正することができない又は再生債権者の一般の利益に反するような場合は、廃止事由に該当し、申立てが棄却される場合があります。
したがって、再生債務者としては、遅くとも再生手続き開始決定時までには、必ず天引きを止めるように勤務先と交渉する必要があります。
再生債務者が公務員、私立学校教職員の場合
公務員共済組合や日本私立学校振興・共済事業団は、裁判所が開始決定を出すまで給料天引きを止めてくれません。この場合も、前記3及び4と同様の対応をすることが求められます。
まとめ
以上のとおり、個人再生のお手続きをお考えの場合、勤務先からの借り入れについても、再生計画によらずこれを弁済することはできません。
しかし、仕事を続けるから人間関係を悪くしたくない、職場において円満な関係を維持したいというお気持ちは充分理解できますので、同じような状況の方は、一人で悩まれることなく弁護士にご相談ください。
当事務所では、ご相談者のご希望に応じて、勤務先と円満な関係を維持できるよう、個人再生の手続きや制度について勤務先担当者に丁寧に説明したり、適宜専門的な立場からアドバイスを致します。