個人再生と相続放棄の可否について
まず、民事再生法上、相続放棄に関する特段の規定はありませんので、相続放棄を行うこと自体は、申立て前、申立て後にかかわらず可能であると考えられます。
相続放棄と清算価値保障原則について
(1) 清算価値保障原則
清算価値保障原則とは、個人再生において、自己破産した場合の弁済額よりも大きい金額を弁済しなければいけないとするルールのことを言います。
つまり、個人再生では、自己破産のように財産を処分する必要はないのですが、その代わり財産を換金した額と同じ分は支払わなければいけないということです。
そこで、仮に、相続放棄が破産手続きにおいて否認の対象になるのであれば、清算価値保障原則から、否認権行使により回復が見込まれる価額(今回のケースでは、相続放棄をしなかった場合に得られたはずの遺産の額)を清算価値に計上する必要が生じ、清算価値の額がその分増額するということになります。
(2) 相続放棄は否認の対象となるのか
破産手続きにおいて、相続放棄は「初めから相続人とならない」という身分行為であること(民法939条)から、否認権の対象にならず、免責不許可事由にもあたりません。つまりそもそも相続放棄は、相続人自身の固有の権利であり、仮に破産手続き開始決定前になされた相続放棄が破産債権者の利益を害する場合であっても否認の対象とはならないと考えるべきということです。この点、「相続放棄のような身分行為については、(再生債権者の利益を害する場合であっても)否認対象にはならない」という最高裁の判決も出ています。
したがって、個人再生の手続きにおいても、再生債務者が相続放棄を行ったとしても、清算価値には影響を与えないということになります。
(3) 相続放棄を行うタイミングについて
なお、再生債務者が認可決定時までに相続放棄を行わなかった場合は、清算価値把握の基準時において相続人の地位を有していたことになりますので、原則として法定相続分の割合に応じた遺産の額を清算価値に計上する必要があるということになります。
したがって、相続放棄を行うのであれば、遅くとも認可決定時までに行うべきです。
個人再生と遺産分割協議について
それでは、再生債務者が、本来取得できる遺産があるにもかかわらず、「遺産を取得しない」という内容の遺産分割協議を行った場合はどうでしょうか。
この点、遺産分割協議は相続放棄とは異なり、否認権行使の対象になると解されています。つまり、遺産分割協議は「相続することを受け入れた」と認められるため、これは相続放棄とは異なり、身分行為ではないと判断され、否認の対象になってしまいます。
そうすると、債権者から否認権、場合によっては詐害行為取消権を行使され、「財産を不当に処分した」と判断されますので、法定相続分を清算価値に反映させる必要が生じ、債権者に弁済する額が増えてしまいます。
まとめ
このように、相続放棄と遺産分割協議とでは、手続きの進め方が全く異なりますので注意が必要です。したがって、再生債務者に相続が発生したけれど、遺産を取得する意思がないような場合には、遺産分割協議ではなく相続放棄を行うべきと考えられます。
そして、相続放棄については、遅くとも認可決定時までに行う必要があります。
同じような状況でお悩みの方は、自分だけの判断で進めることなく、一度ご相談されてください。ご相談者の状況に応じて、より具体的に専門的なアドバイスを差し上げたいと思います。