遺産分割における預金の引き出しについて
被相続人名義の預金引き出しについて
遺産分割について話し合うことになった際、被相続人と同居していた相続人のうちの一人から、遺産分割を行うために、被相続人名義の預金口座の残高を教えてもらったら、残高が少ないことに驚き、多額の金銭が引き出されているのではないかと疑うようになった(もしくはその後多額の金銭の引き出しが発覚して遺産分割において大きな問題となる)という事例は多く存在します。
- 例えば、被相続人Aは、子B、C、Dの3人がいた。配偶者はAより先に死亡していたので、Aの相続人はB、C、Dの3人で相続分は3分の1ずつである。Aは、死亡する前10年間、子Bと福岡県内で同居しており、子CとDは、いずれも東京で暮らしていたので、Aの相続財産は子Bが一番よく把握していた。
そのため、Aの死後、子BからC、Dに相続財産の概要が示され、それを前提に遺産分割協議が進められるという運びとなった。しかし、子Cは、被相続人Aの従前の資産状況や生活状況からして、子Bが相続財産として示したX銀行やY銀行の預金残高が少なすぎると感じた。また、子Cは、Aが従前M証券に口座を開設していたことを知っていたため、その口座が死亡時には存在しないことに疑問を抱いた。そこで、子Cは、弁護士に相談することとした。
- このような場合、まずは金融機関の取引履歴を取得して、Aの生前及び死後の取引の経過を把握します。上記の例では、AのX銀行とY銀行、M証券との取引履歴を取得します。そして、金銭の移動を分析します。仮に、X銀行から多額の金銭が引き出されていても、同日付でY銀行やM証券に入金がある場合もありますし、金融機関ごとに取引を時系列に沿って整理することで被相続人の口座から引き出された金額を洗い出します。
そして、被相続人Aの生活状況や引き出しの期間等から、Aの口座から引き出された金額が不相当な引き出しといえるか(使途不明金として指摘すべきか)を検討します。ここまでできれば、Aの預金の引き出し分以外の相続財産と合わせて、子Cは、他の相続人B、Dと遺産分割協議を行います。そこでは、使途不明金の使途に関するやり取りもなされることになると思われます。
そして、遺産分割協議が整わない見込みの場合には、家庭裁判所に調停の申し立てを行うことになります。この家庭裁判所の調停においても、遺産分割の協議を行う前提として、引き出しを行った相続人Bに対して、使途不明金の額や使途の説明を求めることになります。調停において、B、C、Dが使途不明金の使途や持戻しの額について早期に合意に達することができれば、調停が成立することになります(この場合、Bは被相続人Aの承諾を得て引き出しをしたことを前提にすることになるものと思われます。この点、贈与であるか、不法行為ないしは不当利得であるかは、遅延損害金等の差異はありますが、結論に大きな影響がありません。にもかかわらず、あくまで不当利得や不法行為を主張して訴訟となれば、CはBが承諾がなく引き出したことを証明しなければなりません)。
しかし、早期に合意に達することができなければ、被相続人Aの承諾なしに引き出しがなされている場合には、CはBに対して別途訴訟を提起する必要があり、調停としては、現存する遺産を前提に進行することになります。一方、被相続人Aの承諾があって引き出しがなされている場合(贈与がある場合)には、特別受益の問題として審判がなされることになります。
まず、①被相続人の生前に被相続人名義の預貯金を被相続人の承諾なく引き出してしまう行為は、不法行為もしくは不当利得になります。また、②被相続人の死後に、被相続人名義の預金口座から預金を引き出してしまう行為も、不法行為もしくは不当利得になります。
相続人のうちの一人が被相続人名義の預貯金を引き出した場合は、特別受益となります。
そして、手続上、不法行為もしくは不当利得は、訴訟で取り扱われる問題であり、一方、特別受益に関しては遺産分割の一環として調停及び審判にて取り扱われる問題であり、採るべき手続が全く異なることになります(もう少しわかりやすくいいますと、不法行為や不当利得については地方裁判所で取り扱う問題ですが、特別受益は家庭裁判所で取り扱う問題です)。
- しかし、被相続人が預貯金の引き出しを承諾しており相続人のうちの一人に贈与したのか(特別受益の問題になります)、それとも相続人のうちの一人が被相続人に無断で預貯金を引き出したのか(不当利得もしくは不法行為の問題になります)は、手続を選択する時点で必ずしも明らかでないこともあります。そこで、まずは遺産分割調停を申立て、調停の中で、使途不明金(通常より多く引き出されたと考えられる金銭)の使途を明らかにするよう求めることが実務的には多いと考えられます。この場合、仮に真実は使途不明金が被相続人の承諾なく引き出されていたとしても、引き出した相続人以外の相続人が、贈与(特別受益)として取り扱うことを望み、遺産分割協議の中で一挙に解決することも可能であると考えられます(実際に、贈与(特別受益)であるか、不法行為ないしは不当利得であるかは、遅延損害金等の差異はありますが、結論に大きな影響がありません。にもかかわらず、あくまで不当利得や不法行為を主張して訴訟となれば、承諾がないことを証明しなければならず、立証の負担が大きくなりあまりメリットがないことが多いです)。
もっとも、家庭裁判所としては、使途不明金であった金銭の使途や持戻しの額について早期に合意に達することができなければ、その点については別途訴訟による解決に委ね、調停としては、現存する遺産を前提に進行することになるようです。
被相続人名義の預貯金の引き出しに関する訴訟について
被相続人名義の預貯金の引き出しに関する訴訟は、いわゆる引き出し者の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟、もしくは不当利得返還請求訴訟という形になります。
この点、被相続人名義の預貯金の引き出しに関する訴訟においてよく問題となるのは、「引き出した者の引出権限」が存在したのか、という点です。
訴訟になる事案では、被相続人から口頭で引出権限を与えられたと主張されるケースがかなりありますが、このような被相続人による引出権限の付与があったかなかったのかという点については、まず被相続人が認知症等により、引出権限を付与したと主張される当時、意思能力に問題があれば引き出しが正当と認められることはないはずです。
次に、出権限を付与したと主張される当時、被相続人の意思能力に問題がない場合、通帳等の管理状況、被相続人の心身の状態等がポイントになりますが、日常的な通帳等の管理を被相続人が任せていたという事情があったとしても、引き出し額が、被相続人が日常生活するのに必要な額よりも多額であれば(金額としてどのくらいの乖離があるのか、どのような引出し方をしているのか等の事情にもよりますが)、そのことから直ちに被相続人による引出権限の付与があったと考えるのは困難であると思われます。